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©2001 minato



枯渇(からから)



‐‐‐ 後




「法師さま。」
「はい。」
少しゆるりとした口調で、珊瑚が呼んだ。
「あたしねえ、またこんな風に、仲間が出来るなんて思ってなかったから…今の思いは、結構、贅沢。」
「今の思いとは?」
珊瑚の言葉に、問い掛ける弥勒。
「かごめちゃん達が居なくて、やっぱり、ちょっと寂しい、かな。」
「…そうか。」
目を細めて、弥勒が微笑する。自分は一人だと思っていたから、何時も居る人が居ないと感じる寂しさは、贅沢なのだ、と彼女は言う。寂しくとも、慎ましくも幸せを感じられる、と。
素面(しらふ)の時とは打って変わって饒舌になった珊瑚が、猶も続ける。
「あたし、皆のこと、好きだあ…。」
抱えた膝に頬を載せて、珊瑚が弥勒の方を向く。そうは言っても、完全に酔っている珊瑚の目は、弥勒を見つめている訳でもなく、何処かをぼんやりと眺めている。
頬は桃色に染まり、唇は艶めいて。
「皆、ですか。」
「そ。」
視線を合わせられないことに歯痒さを感じながらも、半ば見惚れて、弥勒が聞き返す。
「私も好きか、珊瑚。」
「当たり前だよ。かごめちゃんも犬夜叉も、七宝も。それに、法師さまも。大事な、あたしの」
「仲間、か。」
「そ。」
珊瑚の言葉を待たずに弥勒が続けた科白に、先程と同じように、彼女が頷く。意外性も何もなく、弥勒が想像した通りの答であった。
仲間。そんなことは疾うの昔に、知っている。それ以上でも、以下でもない、現在。しかし、己が真実欲しいのは、"それ以上"。ぶち壊さなければならない壁が在るのは、判っていた。
失いたくない者。崩したくない、均衡。しかし、一番欲しいものを手に入れるには、全てを守ったままというのは、到底虫の良過ぎる願いで。
(刺し違える覚悟が必要、ということか。)
(ぬる)い現状と、欲する願望と。どちらを、選ぶか。そして、どちらをも失うことさえ見据えなければならない。
頭の中で決断を迫りながらも、答は出ない。女に対して、これほど保守的になろうとは。
黙ってしまった弥勒を不審に思い、今度はきちんと彼に焦点を合わせて、珊瑚が言った。
「法師さま、どうかした?」
膝に頭を載せたままで、珊瑚が小首を傾げてみせる。
「…いいや。湯上りのおなごと酒など呑んだものだから、私も酔いが廻ったらしい。」
下から覗き込むように自分を見つめて来る珊瑚の顔を見下ろして、弥勒が優しい声音で答えた。
法師さまがこんなんで酔う筈ないよ、と呆れたような顔をして、珊瑚が前を向き直る。そして、また、頭の上の星達を振り仰ぐ。膝を抱いた低い姿勢から上を見上げる珊瑚の喉元が、く、と反らされ、白磁の肌が闇に晒された。
「綺麗…。」
また、小さく呟く。その三文字を形作るように、反らされた白い喉元が、震えるように動く。
その珊瑚の肌に見惚れながら、弥勒が猶も自分の杯に酒を注ごうとした時。
「あれ?」
珊瑚の間の抜けた声がしたかと思うと、彼女の体がそのまま後ろへ倒れて行く。酔っ払った体で首を反らしたものだから、その反動で後方へ引っくり返ってしまいそうになった。
其処へ、封印の数珠を巻いた弥勒の右腕が廻され、(すんで)のところで珊瑚の背中を押し留める。
からん、と乾いた音を立てて、杯が地面に落ちて転がった。
「大丈夫か、珊瑚。」
やれやれ、と半分呆れたように、弥勒が彼女の体を支えたままで、言う。
「ありがと、法師さま。」
僅かに弥勒の傍へ引き寄せられた珊瑚は、右手で頭を押さえ、左手は自分の背中に廻された弥勒の右腕に掴まっている。
不覚、という顔をして己の傍らにいる娘は、まるで子猫のように柔らかくて、温かい。
「あ~あ。落としちゃったね。」
弥勒の思いから逃れるように、ふらり、と珊瑚が彼の右腕を押し退け、屈むようにして杯を拾おうとする。それを背中から見つめる形になった弥勒には、珊瑚のうなじが一瞬目に入る。高い位置で無造作にまとめられた髪からは、後れ毛が零れていた。
「ふあ?」
また、珊瑚の腑抜けた声。今度はそのまま前のめりに顔から倒れ込む。
「こら。」
がし、と弥勒の両腕が慌てて珊瑚の体を抱え込み、ぐい、とそのまま元居た位置まで抱き上げた。
「何をしているのだ、おまえは。」
「ご、ごめえん。法師さま…。」
バツが悪そうに、酔った娘は謝るが、その声は完全にふらふら、だ。
「顔を打ってはいまいな。」
自分の右腕に珊瑚を抱えたまま、左手の指を彼女の顎の下へ滑り込ませ、つ、と上を向かせる。
「んん?」
僅かに眉間に皺を寄せた珊瑚の顔が、弥勒の顔を見上げた。ぼうっとした瞳に、紅潮した頬。ほんの微かに、唇が開いている。
「打ってないって。触るな、この助平法師い。」
そう言いながら彼の手を払う珊瑚の声で、弥勒が我に返る。
(参ったな…。)
イカれている。完全に。どう、責任を取ってくれるのだ、おまえは。と、身勝手な責任転嫁を、心の中で投げ付けてみる。
「あー、もう空だよ。法師さま。」
のろのろとした口調で、弥勒から奪い取った銚子を逆さに振って見せる、珊瑚。
「まだ呑む気か。珊瑚。」
「あたしは、もういい…。」
法師さまが、足りないんじゃない?とぶつぶつ言いながら、珊瑚の首がうつら、うつら、と揺れ始めた。かと思うと、彼女は再び抱えた膝へ、こてん、と顔を突っ伏してしまう。
「寝てしまったのか。」
「寝てないい。」
弥勒が言った言葉には、一応、間髪入れずに返事をして見せた。しかし、それ以降は静まりかえっている、二人の空気。露わになった珊瑚のうなじへ、思わず弥勒がそろりと手を伸ばす。すると、びくり、と体を震わせて、珊瑚が半身を起こした。
「もうっ。油断も隙も、無いったら。」
目を擦りながら、珊瑚が弥勒を睨む。まるで、無理やり起こされた子供のようだ。
「驚かせてしまったな。いや、珍しい細工の髪飾りだと思って。」
反応した珊瑚に、弥勒の方も若干驚いた。その所為かどうかは定かでないが、何時もなら、おまえのうなじが美しかったもので、くらいの余裕を見せるところを、言い訳のような言葉を口にしてしまう。
「かごめちゃんに貰ったんだ。便利で、凄く使い勝手が良いよ。」
瞼が半分くっつきそうな勢いのまま、珊瑚が律儀に説明を返して寄越した。
「そうか。道理で。」
何の疑いも無く(いや、半分は疑っているかもしれないが)答える珊瑚に、なんだかこちらの方が胸を締めつけられる、弥勒。普段、無防備な姿など見せぬ珊瑚がこんな風に、少女然としているのが、彼の心にするりと入り込む。
そうこうしてるうちに、弥勒の右肩に、心地良い重さが降り掛かった。
「…珊瑚?」
今度こそ、寝てしまったらしい。弥勒の肩に己が頭を預けて、静かな寝息を立てている。
「おまえらしくもねえな。こんな、隙だらけなのは。」
珊瑚の肩を抱くように右手を廻し、素の言葉使いで、小さく呟いてみる。誰に、聞かせる訳でもなく。
(さて、どうしてくれようか。)
眼下に映る黒髪に見惚れつつ、悪戯っ子のように、思案を廻らそうかとしたその時。
くしゅ、と小さなくしゃみを珊瑚が吐いた。
(…湯上りだったな、そう言やあ。)
いくら酒を呑んだところで、如月の夜は、湯上りのまま長時間居座るには未だ暖かさが足りない。
(しょうがねえなあ。)
悪さをするのは諦め、弥勒が珊瑚を抱いて立ち上がる。盆は、珊瑚を部屋へ運んでから片付けに来るとしよう。
(何時までも戻らねえんじゃ、七宝に何言われるか判ったもんじゃねえしな。)
ふう、と彼は小さな溜め息を吐いて、珊瑚と七宝にあてがわれた部屋へと廊下を歩いて行った。







がら。
珊瑚を抱き抱えて両手を塞がれた弥勒は、足の先で障子戸を勢い良く開け放った。
「ん?」
その部屋の中には、隅に折り畳まれたままの蒲団が一組あるだけで、七宝の姿など、何処にも無い。
「……。」
はて。七宝は、先に部屋へ戻ったと、先刻珊瑚は言った。しかし、雲母の姿さえ、見当たらない。
「さては。」
(あいつ、雲母借りて、親父の墓参りにでも行ったか。)
七宝の様子が途端に落ち込んだことに、弥勒とて気付いていた。理由は明白。故に、其処へ直ぐに考えが行き当たった。恐らく、間違いなかろう、と踏んで。
珊瑚を畳の上に一旦降ろして、蒲団をばさ、と敷く。
「ったく。二人して、俺を欺きやがったな。」
けっ、と犬夜叉宜しく悪態を吐いて、再び珊瑚を抱き上げる。
「よいしょ。」
珊瑚を座らせるように敷蒲団の上に載せ、その上半身を支えたまま、片方の腕を珊瑚の頭の後ろへ廻す。そして、器用に髪留めを外して髪を下ろしてやる。漆黒の髪が、ふぁさり、と流れるように弥勒の目線から下りて行った。
そのまま、珊瑚の体を横たえる。一向に、彼女の起きる気配は無い。
「そのくせ、俺より先に酔い潰れちまうなんざ、詰めが甘かったな。」
寝かせた珊瑚の肩の上。喉を境にするように両手を着いて、彼女の顔を見下ろす、弥勒。
目を瞑り、軽く寝息を立てながら、今その身を守るものを何一つ持たぬ、女。
このまま、何もかも奪ってしまおうか ――― 。
一瞬過ぎる、本能の、声。
邪魔者も存在しない、今宵。惚れた女が、手薬煉引いて待っているような、この現状。
「…避けてんのか、誘ってんのか、どっちなんだ…?」
珊瑚の顔を見つめたまま、一人呟く弥勒の声は、無論、珊瑚には届かない。答える者は、無い。しかし、珊瑚の寝顔を見つめれば見つめるほど、邪まな心が消されていくような、不可思議な感覚。
手を離して、弥勒は半身を起こす。
結局、強引に奪うには、少々自分は参り過ぎているのだ。この女に。
そして、もう一つ。
風が、鳴り止まぬ。
今は未だ、その時ではない、と。
「ま、いずれ、戴くけどよ。」
その風の声を否応無く認めながらも微笑を携えて、弥勒は珊瑚へ蒲団を掛けてから、部屋を静かに出て行った。







「どうしよう…。」
日が昇る頃に、そうっと帰って来た七宝に起こされた珊瑚は、顔面蒼白になっていた。
風呂上りに、法師と酒を呑んだことは、憶えている。しっかりと。星が、とんでもなく綺麗だったことも。
しかし、その後がいけない。途中から、ぱったりと記憶が無いのだ。
無い、というか、寝てしまった…?
だとしたら、どうやって、この部屋まで戻って来た?まるで、憶えていない。しかも、自分は蒲団まで被っていた。
(まさか…。いや、そんな筈は…。)
「どうしたのじゃ、珊瑚。」
青くなったり赤くなったりしている珊瑚の顔を見て、七宝が訝しげに問う。
「い、いや、なんでもないよ。それより、七宝の方こそ、どうだった?」
努めて平常を装い、矛先を七宝へ向ける。すると、子狐は、
「珊瑚のお陰で、良い墓参りが出来た!」
満面の笑みで、言った。
「そう…。良かったね…。」
本心から言っているのだが、頬が、引き攣る。あたしは、その間一体何をしてたんだ?
がんがんと、不安が渦を巻いて、離れない。
「弥勒は、大丈夫じゃったか?」
七宝が、珊瑚へ問うと、内心ぎくりとしたのを覆い隠しながら、
「あ、当ったり前じゃない。」
と珊瑚が返事をする。しかし、笑い返すのは無理だった。







「珊瑚、食欲が無いのですか?」
朝餉の席で、弥勒が珊瑚へ声を掛けた。
「…別に。」
そう言いながら、疑いの眼差しをちろり、と弥勒へ投げる。弥勒は気付いていたが、敢えて、何も言わずに楽しんでいた。
「七宝、もっと食べなさい。腹が減っているだろう。」
小旅行を終えて来たばかりなのだから、とでも言いたげに、弥勒が七宝を促す。
「なんじゃ、弥勒。今朝は優しいのう。」
こちらも信じ難い、というように弥勒を見遣る。勿論、七宝は彼の言葉に他意があることなどは、微塵も感じてはいないが。
「私は何時も優しいでしょうが。」
そんな二人の会話を聞いて、珊瑚が箸を置く。
こいつ、七宝が、夜居なかったことに気付いている。
ということは。
この男は、部屋の中を、見ている…?
益々青褪めた珊瑚へ、七宝が声を掛けた。
「本当に、何処か悪いのではないか?珊瑚。」
「…なんでもないって。」
しかし。
流石の珊瑚も、ぐるぐると頭が回るのを自覚せずにはいられなかった。







植物達が緑の体を靡かせるには、幾分早い山道を下りて行く。殺風景なその枝々の間を縫って、それでもなんとか懐かしい春の匂いを微かに感じられるまでになっており。
「あのさあ、法師さま。」
楓の村へ向かう、道すがら。今日には戻って来る筈の犬夜叉とかごめを迎えに行く為、道中雲母の背中を借りながら、進んで行く。そして今その雲母は、珊瑚の肩で休息を取っていた。
「なんです。珊瑚。」
七宝は、夜中行動していた所為か、弥勒の背中ですやすやと眠ってしまっている。
「…夕べのこと、なんだけど。」
「はい。」
言い辛そうに切り出した珊瑚とは対照的に、さらっとした口調で弥勒が返事をした。
「あたし、どうやって部屋に戻ったっけ。」
恐る恐る、問うてみる、珊瑚。
「私が抱いて行きましたが。」
やはり、あっさりと答える弥勒。
「…寝てたんだよね、あたし。」
「はい、そりゃーもう、ぐっすりと。」
「蒲団掛けてくれたのって、法師さま…?」
其処で、弥勒がわざとらしく、大仰に言う。
「憶えていないのですか!?珊瑚。」
「え。」
何を。とは、聞けなかった。そうか、憶えていませんかぁ、と意味深げに繰り返す弥勒に、青い顔の上に冷や汗まで浮かべる、珊瑚。
「まさか、なんか、してないよね…。」
「私を誰だと思っているのです。」
「したのかあああああっ!?」
鬼のような形相で、珊瑚が叫ぶ。顔色が、青から赤に変化する。
「失礼な。其処でどうしてそうなるのです。」
「だって、私を誰だと思ってるって。」
「だから、失礼なんでしょうが。」
はあああ、と弥勒が深い溜め息を吐いてみせる。御仏に仕える身だと言うのに、ぶつぶつぶつ…。
「じゃ、何もなかったよね?」
「いや、それとこれとは話が別。」
ぎらり。
弥勒の鼻先に、抜刀された刃先が突きつけられていた。
「真面目に答えろ。」
低く、珊瑚が怒りを押し殺したように呟く。
「何もしておらん。」
いきなり顔を真面目に変えて、弥勒が言った。刀の威力は、なかなか絶大のようだ。
「本当だろうね。」
ちゃ、と刃を翻して、珊瑚が念を押す。
雲母は、既にその肩から跳び下りて足元から主を見上げていた。
「まあ、夕べは何度か珊瑚に触れることはありましたが。」
からかうような法師の言葉に、かあ、と珊瑚の顔が気の毒なほど赤くなる。
「それは、事故であったし。その辺りは、憶えているでしょう?」
に、と少し意地悪げに笑んで見せる、弥勒。
「……。」
ちくしょう。遊ばれている。こやつは、人をなんだと思っているのだ。
珊瑚が、悔しそうに上目遣いで弥勒を睨む。
「なかなか、役得な夜でしたよ。」
「…阿呆法師。」
ちゃきん、と鞘に刀を返して、珊瑚が白い眼で弥勒を見た。
本当に、何もしていないらしい。ほっとする珊瑚だが、何かが胸に引っ掛かる。
女に見境がない、この法師。自分よりも年下の小春にさえ、『子を産んでくれ』 などと口説きに掛かるような、女好き。その弥勒が、昨夜のあの状況で、自分には何もしなかった、と言う。恐らく信じても良いのだろうが、それも、失礼な話ではないか、と馬鹿げたことを思ってしまう自分に驚く。
要するに、女に見られていないのだ、あたしは。
出会いが出会いだったし、仕様のないことなのだろうけど、何故か、釈然としない。
(あたし、何考えてんだ?)
訳が判らん、と心中で一人ごちる、珊瑚。
「何を怒っているのです。珊瑚。」
「?怒ってなんか、ないけど。」
「そうか?」
納得いかないように、弥勒が珊瑚の顔を覗き込んだ。
「からかわれて、怒らない人はいないかもね。」
怒ってはいないと言いながら、弥勒の顔を睨み返してこんなことを、つい言ってしまう。
「本気なら、良かったのか?」
それがからかってる、って言うんだってば、と内心珊瑚が呟く。しかし口から出たのは、
「法師さまに、本気なんてあるの。」
「…きついな、珊瑚。」
弥勒の苦笑を見て、珊瑚も些か言い過ぎた、と反省した。だが、彼女が謝罪するより早く、
「此処で、本気の私がおまえを襲って見せようか?」
珊瑚の右腕を、弥勒の左腕が強く、掴む。そして、ぐい、と自分の方へ引き寄せる。
「な゛。」
またか。懲りない奴だ、とうんざりしながら珊瑚が弥勒をぎろり、と再び睨もうとする。と。
そのまま背後の木へ背中を押しつけられた。枝が揺れると同時、集い騒いでいた小鳥達が珊瑚の頭上から一斉に飛び立つ。
右手の自由を奪われ、飛来骨にも手が掛からない。刀も、仕舞ってしまった。その背に負った得物の所為で、ほんの少し肩胛骨の辺りが痛んだ。その勢いに任せ、今度こそ無礼な男を睨み付ける。すると。
「夕べの続きをさせてくれるか?」
何時もの微笑を張り付かせて、弥勒が言う。
右手に握られた法具が、先ほどからちゃりちゃりと音を立てているのさえ、今の彼女には煩わしかった。
「…それが、からかい以外のなんだって言うのさ。」
珊瑚は、表情も変えない。
もう、おちょくられるのは御免だ。
こんな風に、早くなる鼓動さえ、疎ましい。
「からかいだと思うか?」
意外な、弥勒の言葉。思わず珊瑚が顔を上げて彼を見ると、其処には、既に微笑は皆無で。
その真剣な視線から目を逸らせずに、それはどういう意味なの、と珊瑚が問い返そうとする。
「あー、良く寝たのじゃっ!」
唐突に、七宝が弥勒の背中で目覚めた。
「ん?どうしたのじゃ、二人とも。」
其処には、不自然に体を離し、肩をがっくりと落とした弥勒と、どっどっどっ、という早鐘のような心臓を抱えた珊瑚がいた。
「…七宝。おまえという奴は。」
「なんじゃ?」
弥勒の肩先にわさわさとにじり寄って、顔を覗き込む七宝。
「…なんでもありません。」
子供にあたっても、仕様がない。しかし、今のは良い雰囲気だったのに…。
返す返すも、悔やまれる。
「ヘンな奴じゃな、弥勒は。のう、珊瑚。」
「ほんとだね。」
赤い顔を隠すように、珊瑚は弥勒を追い越して、先頭を歩き始める。
その背中を見ながら、弥勒が少し希望を見出していた。
(おまえが向けてくれている気持ちを、俺は、自惚れではないと思ってもいいのか。)
明らかに何時もとは違う、珊瑚の反応。
仲間だと言い切った筈の、珊瑚の、本音。それが、別に在るということなのだろうか。
珊瑚は珊瑚で。
法師の本気、とは、自分に向けられているのか…?いや、そんな、まさか。何時もの戯言に過ぎぬ筈。それにしたって、あの表情。今思い返しても、頬が染まるのを、止められない。
(なんか、最近、あたしおかしい。)
だから、仲間だと言い聞かせた。弥勒に告げる振りをして、その実、己への戒めとして。
自分でも、正体を掴み切れない、この感情。珊瑚がその答に気付くのは、もう遠い未来の話ではない。










B.G.M. <KARA・KARA> B'z


弥勒、こんなに理性的でいいの?珊瑚、最後のとこ、そんな冷静に言い返していいの??
…何やら、別人な二人になってしまいましたね、御免なさい。片思いっぽい法師が見たかったという。
この話は、ただ一言、"友情と刺し違える"(B.G.M.より)この言葉を使いたかったが為に生まれた作品です。にしたって、べたべたですね、酔っ払いな二人。ネタもベタだけど。ああ、弥勒は酔ってないなあ。
しかし犬夜叉。君ほど書き難い奴はいない。難し過ぎる。何処まで不機嫌っぽく書けばいいのか判らない。『鍵』 の時もそう思ったな、確か。
それでは、最後まで読んで下さって有り難うございました。

2001.06.24