恋煩い
(ま~た、飽きもせず、やってるわ。)
大分春めいて来た、とある村。今日は、弥生の月にしては随分と暖かい。
小さく蕾が芽吹いて来た、霊木・桜の枝の上で、珊瑚が一人、ごちた。その視線の先には、黒衣に濃紫の袈裟を纏った法師。そして、それを取り囲む若い娘達。
「なかなか良い手相をしてますなあ。」
「本当?法師さまあ。」
と、声までは此処では聞き取れないが、そんな風に楽しくやっているに違いない。あの男が、ただおなごの手を触る為だけに、そういう行動に及んでいるなどということを、あの娘達の中の誰が想像していようか。
(バチあたりが…。)
また、珊瑚が心の中で呟く。
今更、この法師の趣味を奪うつもりもないが、眼は、どうしても嫉妬がましくも追ってしまう。
(あ~あ。なんだってあんな女ったらしな男…。)
そこまで思って、言葉を止める。その先の言葉は、心の中で一人思うにしても、形にするのは躊躇われた。
「ん?」
その女ったらしの男の行動に、変化が表れる。
娘達に手を上げて、別れを告げているようだ。今居たその輪の中から、出て行くところ。
(珍しい。やけに今日は早いな…。)
どうしたんだろう、と珊瑚が思っていると、弥勒が向かっているのは…自分の方?
錫杖をしゃらり、と鳴らして、桜の木の方へゆっくりと歩いて来る。
木の根元まで来ると、其処へ腰を下ろした。
(?)
珊瑚が怪訝に思っていると、
「其処で何をしているのですか?」
弥勒の声が、耳に届いた。
「…知ってたの。此処にいること。」
珊瑚が、枝の上から弥勒へと言葉を降らせる。
「ええ。あのように、ずっと見られていれば、気付きます。」
「なっ。」
「見ていたでしょう?私を。」
上を振り仰ぎもせず、弥勒が柔らかく言葉を続ける。
すると、ざざざっ、と枝葉を揺する音がしたかと思うと、眼の前に、人影。
すた、と珊瑚が片膝をついて地面へ着地したところだった。
弥勒の眼前に、立ち上がる珊瑚。その背中に光を背負い、あまりの眩しさに、弥勒は目を細める。地上へ舞い降りた、翼あるもの ―――。
「…自意識過剰なんじゃないの。」
着物に付いた木の葉を払いながら、冷たい目を彼に向ける珊瑚。
「おや、そうですかな。」
にっこりと、笑顔を向ける、弥勒。
「そうでしょ。」
若い娘は、ふんっ、とそっぽを向き、法師を置いて行こうとする。
「待ちなさい。少し、付き合ってくれても良いでしょう。」
その背中へ声を掛けると、彼女は弥勒を振り返った。
「あの子達みたいに、あたしは手を触らせてなんかあげないよ。」
ぎろりと睨んで、珊瑚が言う。
力なく苦笑いをし、
「ずっと手に触れていたかったのなら、あのまま手相見を続けていますよ。」
弥勒が答える。
それもそうだ。この人は、なんでわざわざ娘達を蹴って此処に来たんだろう?
渋々弥勒の隣に腰を下ろした珊瑚を見て、彼の顔は満足げだ。
「何しに来たのさ。」
今思った疑問を、彼に投げ掛けてみる。
「珊瑚が、私を呼んでいたので。」
「はあ?」
あっさり答えた法師の言葉の意味が判らず、娘が間抜けな声を上げた。
「耳までいかれてんの?」
「耳まで、とはどういう意味です。」
「そーいう意味だよ。」
他愛も無い、問答を連ねる。それだけで、何やら心が
解れていくようで。
そのくせ、珊瑚の心音は早い。弥勒の、意味深げな言い様に少々戸惑っていた。
(この人、一体何処まで本気で言ってるんだろう。)
彼の本意が、量れない。
「…あたしが呼べば、法師さまは、あの子達よりあたしの所へ来てくれるの?」
「え?」
「!」
思わず、口に出していた。自分でも気付かずに。言い終わった後で、何を言ってしまったのかを理解する。その瞬間、顔が赤くなるのが自分でも判った。
「な、なんでもない!今の、忘れて!」
慌てて立ち上がり、その場を去ろうとする珊瑚の右手首に、人の…弥勒の、体温。
彼女の腕を引き留めて、真っ直ぐに見上げて来る法師に、振り返った珊瑚も、目を逸らせない。
「珊瑚が私を呼ぶのなら、いつだって、飛んで行く。」
優しい、そして真摯な瞳で、そう彼女へ語りかける弥勒。
心臓が、破裂する。力が、抜ける。そう思ったが、憎まれ口が吐いて出る方が、早かった。
「…今まで何人の女の人に、そんなこと言ったのさ。」
「。」
ふ、と思案するような顔をして、弥勒が言ったのは、
「…二十七人くらい…ですかな。」
無言でその横っ面を張って、珊瑚は彼を置き去りにした。
「…ったく。」
張られた頬をさすりながら、横に倒れていた身を起こして弥勒が呟く。
「手が
早えな、あいつは。」
小さくなっていく、珊瑚の背中を見つめながら。
どう言えば、おまえに信じて貰えるんだろうな。
無論、珊瑚が二十八人目、などという戯言ではなくて。
何時の間に、これほどまでに深く、この心に入り込んで来たのか。
それさえ定かではないが。
この法師が ―――
この娘が ―――
視線の辿る先に、居る。
無意識に、その姿を求めて追う瞳に映るのは、彼の人しか有り得ない ――― 。
B.G.M. <LOVESICK ~You Don't Know~> SIAM SHADE
珍しく、短い話。しかも、ほのぼの、で、キザ。
二人のじれったい関係を書きたくて、こういう話になりました。なんの事件もない、日常の、ほんの一コマ。それでもやっぱり、糖度高目(苦笑)。
にしたって、法師が珊瑚嬢に殴られない話って、ほとんど無いような…?いくらなんでも、そんなにしょっちゅう殴ってないよね、珊瑚ちゃん。ごめんね、乱暴者に書いてしまってるかも。
では、最後まで読んで下さって、有り難うございました。
2001.06.26